s40年法法卒 小林一光
傘寿を迎えても、少しも枯れることが出来ず、食欲やその他様々な欲も全く衰える兆しが見えてこない。しかし頭の働きだけは、年相応に衰えてきて、外出の際、玄関を施錠しても、ウッカリが多くなり、一度ならず何度も玄関に戻ることが増えてきた。そのため、左右の指の動かし方の異なるピアノ演奏が、頭の働きの衰えを少しでも抑え込めるのではないかと、強引に信じ込み、ピアノに挑戦することにした。
そこで知り合いのピアニストN君に銀座ヤマハに同行してもらい、適切なピアノを選んでもらったが、驚くほど高価であった。N君の手前、仕方なく見栄を張り、清水の舞台から飛び降りるような覚悟で、大枚をはたいて購入したが、年金生活者には大きな痛手となった。一方では、それだけ高額の投資したからには、絶対に途中で止めるわけにはいかないと、挑戦の決意をより強い悲壮感を持って固めることにもなった。
次は、良き指導者を探すことで、柏駅前の山野ピアノ教室を訪れた。幸いにして、優しげな五十代後半の女性教師を紹介され、週に一度指導を受けることになった。彼女は幼児子供達に懇切丁寧に指導することが得意のようで、驚いたことに、時には遠慮がちではあるが、私の指に触れて指導してくれる。そうして上手に弾けるようになると、テキストの楽譜にクルクルと赤丸をつけてくれる。最初は驚いたが、傘寿の心は幼子のようなもので、赤丸をつけてもらうと、素直に嬉しく、また練習の励みにもなる。昨年のクリスマス近くのレッスンの日だったが、教師は悪戯っぽい目付きで、幼児用の菓子袋を「はい、クリスマスプレゼントよ」と私に差し出した。私は驚き戸惑いながらも、幼児さながら嬉々として受け取り、自宅でゆっくり噛み締め味わいもした。
習い始めて、一年以上が経過した現在、よく知っている学校唱歌やポピュラー、そしてクラシックメロディの一部分など、二十曲程度を曲がりなりにも両手で弾けるようになり、現在、大好きな曲の「乙女の祈り」に挑戦中である。
こうして一年以上が経過しても、お互いにコロナ禍中のエチケットを頑なに守って、マスクを外したことがない。そのため未だ魅力的な眼差しの女性教師のご尊顔を拝したことがなく、私もマスクを外して素顔を見せたことがない。しかしながら「見ぬが花」ということわざもあり、教師もそして私も、マスクを外さぬ方がよいと、心の何処かで密かに思っているに違いない••••••。
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「憧れの 君を想いて ピアノ弾く 富士もくっきり 元旦の朝」
「ピアノ弾き 甘美な曲に 酔えば直ぐ 君の面影 まぶたに浮かぶ」
「幸せは ゴルフにピアノ 読書をし 素敵な君と 語り合うこと」